F1名レース解説 2019年F1ハンガリーGP

過去の名レースを振り返る「F1名レース解説」。今回は、2019年F1ハンガリーGPです。絶対王者メルセデスを予選で直接負かして、0.018秒という僅差ながらも、今季初めてのポールポジションを獲得したレッドブル・ホンダ。とりわけホンダF1としては13年ぶりのポールポジションという快挙となりました。追い抜きの極めて難しいこのハンガロリンクで、先頭からスタートしたレッドブル・ホンダと手強いマックス・フェルスタッペンを、3番グリッドからスタートしたルイス・ハミルトンはどのように攻略したのか、F1史上稀に見るガチンコバトルのその全貌を振り返りたいと思います。

まず、追い抜きの難しい近年のF1の中でも、ハンガロリンクは特に追い抜きの難しいサーキットですから、モナコ同様予選の結果はほとんど絶対的と言ってもいいほど大きな意味を持ちます。そしてそのハンガロリンクレッドブル・ホンダはポールポジションを獲得したのですから、これは勝利への大きな一歩です。ボッタスとフェルスタッペンの予選アタックの比較動画があるのですが、ほとんど差はありません。最後の0.01秒ほどをなんとかひねり出してもぎ取った、会心ポールポジションでした。そして当然、この日のメルセデスはトラブルでアタックが出来ないということもなかったので、いつも通りの強いメルセデスを直接予選で負かしたわけです。これはただのポールポジション以上の価値がありました。

さて、いつにもまして超重要なレーススタートですが、フェルスタッペンとハミルトンの蹴り出しがよく、フェルスタッペンはすぐに1コーナーのイン側になる右手のラインを守りにいきました。そのため、相対的に加速の遅かったもののわずかな間だけフェルスタッペンのトウを使えたボッタスはフェルスタッペンの真左へ、そしてそのさらにアウト側にはスタートのよかったハミルトンが並んで、スリーワイドの状態で1コーナーへ侵入しました。この時ブレーキングでロックしてボッタスが若干突っ込み気味になってしまい、ボッタスがターンインしなければ曲がることができないハミルトンを尻目に、フェルスタッペンはリードを築きました。さらに、ターン2でメルセデスの2台は再びサイドバイサイドのバトルになり、その直後のターン3でハミルトンが前に出たのですが、この時ボッタスの加速が鈍り、後ろから来たルクレール接触します。これでフロントウィングを損傷したボッタスは序盤に最後尾まで後退し、優勝争いから脱落します。また、このメルセデス同士のバトルの間に、フェルスタッペンはさらにリードを築き、先頭でギャップをコントロールできる立場となりました。フェルスタッペンのチームメイトのガスリーは、ご存じの通りこの時スランプに陥っており、スタートで失敗したため、こちらも優勝争いから脱落しています。

最初にレースが動き始めた瞬間は、実はピットストップ前から始まっていました。中継でも放送されましたが、フェルスタッペンはタイヤ交換をする何周も前から、グリップ低下を訴えていました。何故ピットインしないのか不思議に思った人もいたことでしょうが、これには理由がありました。この日、フェラーリのペースが非常に悪かったため、優勝したハミルトンから3位のベッテルは70周で61秒もの大差をつけられてフィニッシュしています。これは1周あたり約0.9秒ほどの差で、フェルスタッペンの訴え通りに19周ほどで早めにピットインしてしまうと、25周目あたりから遅いフェラーリに引っ掛かって、コース上での時間をロスすることになり、フェラーリの後ろで立ち往生している間に、ハミルトンに易々とオーバーカットされたことでしょう。チームはフェラーリに対してピットストップ1回分のタイム差を作ってからピットインすることで、遅いフェラーリの後ろに下がるという最悪の事態だけは避けたかったのです。実際、25周目にピットインしてピット出口からコースに復帰した際、フェラーリはフェルスタッペンのすぐ後ろまで来ていましたから、25周目という周回でのピットインは、最適なタイミングであったことが分かります。1周でも少ない周回数であればフェラーリの後ろに下がり時間をロスし、ステイアウトしたハミルトンにオーバーカットされてゲームオーバー、1周、もしくは2周でも多ければ、ハミルトンもフェラーリに対してフリーストップが出来るようになり、アンダーカットを試みられてしまいます。メルセデス曰くハードタイヤのウォームアップが良くなかったこと、また先述の通りフェラーリが邪魔になることが分かっていたためアンダーカットを選択しませんでした。ですのでアンダーカットが成功したかどうかは誰にも分かりませんが、セカンドスティントでのハミルトンのアタックを見る限りでは、成功していた可能性は極めて高かったと思うので、フェルスタッペンがこの周回でピットインしたことは大正解でした。

一方のハミルトンは、クリアエアを得たことでペースアップし、オーバーカットやSCを狙いながら順位の逆転を狙いますが、新しいハードタイヤを履いたフェルスタッペンは、ファステストラップを更新しながらハミルトンとのギャップをうまく保ったため、オーバーカットは成功しませんでした。しかし逆転が出来ないと分かるや否や、メルセデスは即座にハミルトンにピットインを指示。32周目にハードタイヤに交換し、コース上で直接追い抜きを試みます。ピットアウト直後5.8秒あったタイム差を、34周目の終わりまでに全てなくして真後ろにぴったりと張り付きます。この時点では彼らは2ストップの可能性について除外していましたから、もしここで抜けなかったらそのままの順位でレースは終わってしまうと考えていたはずなので、俄然プッシュしていましたね。そして39周目、熱いバトルが展開されます。ハミルトンは1コーナーで並ぶと、スイッチラインを取って右に左にプレッシャーをかけまくりますが、フェルスタッペンは一切動じずうまく抑え込まれてしまいました。ターン4で飛び出したハミルトンは、一旦バックオフし、プッシュすることで温度の上がったブレーキを労る走りに切り替えます。かなりペースが落ちたので、フェルスタッペンがチームに 、ハミルトンにトラブルでもあったのかと質問するほどでした。

そしてこの追い抜きの失敗のあと、ハミルトンがバラバラになったブレーキ温度をマネジメントしている間に、メルセデスの戦略担当により実に10周の間に渡って、このレース最大のキーポイントについて話し合われていました。今週のレースは、金曜日が雨だったこともあってタイヤのデータが不足しており、決勝レース中は各チームは常にタイヤの状態を見ながら走行していたのですが、メルセデスのストラテジストは、ハミルトンに新たにミディアムタイヤを与えてペースアップすることで、フェルスタッペンに自陣営の速いペースに対応させることにより、フェルスタッペン側が思い描いている適切なタイヤのデグラデーションのスケジュールから逸脱することを突き止めたのです。また、この時フェラーリは40秒以上後方にいたために、順位を失うことなく新しいタイヤを手にすることが出来る状況になっていたことも、2ストップ戦略の採用を後押ししました。したがって、ハミルトンに2ストップ戦略を与えてレース終盤での逆転を狙うことになったのですが、この戦略もまた、1回目のそれ同様ピットストップ前から始まっていました。メルセデスはフェルスタッペンに同じ戦略を取らせないために、まずハミルトンにギャップを縮めろとだけ指示し、その後ピットインを命じることで、フェルスタッペン側の対応を遅らせます。そしてアウトラップでハミルトンが非常に速く走ったことで、もともと詰めておいたギャップはピットストップ1回分より少なくなってしまいました。フェルスタッペンはこの状態でピットインしたところで、ハミルトンにアンダーカットされる形で逆転を許すため、勝つための唯一の方法は、最後まで今履いているハードタイヤで走ることだけになりました。しかしながらハミルトンがピットインした時点で既に25周走り込んでいましたから、フェルスタッペンも必死になってプッシュしていましたが、最初19秒5くらいだったのが20秒5あたりまであっという間にタイムが落ち込んで、最終的には21秒台までずるずるとラップタイムは落ちていきました。一方のハミルトンは、ミディアムタイヤのウォームアップが終わるや否や、18秒5から18秒7あたりを連発しながらどんどん差を詰めていきました。そして66周目で真後ろまで追い付くと、67周目のターン1であっさりとハミルトンはフェルスタッペンを仕留めたのでした。39周目に同じ場所でバトルになった際は、フェルスタッペンはスイッチラインをうまくとってしぶとく抵抗していましたが、この時は一切抵抗しませんでした。完全にタイヤは死んでいて、ハミルトンとのタイヤライフの差は明らかでした。ただ、一方のハミルトンも、決して楽なレースをしていたわけではありません。49周目にミディアムでコースに復帰したあと、フェルスタッペンのとのタイム差は20秒ほどありました。レースは残り21周ですから、追い付くだけでも1周あたり1秒の計算です。追い抜きを仕掛けることを考えるとさらに早い段階で後ろについておかなければなりません。しかも当初、計算上は最終ラップに追い付き、かつタイヤライフはほぼゼロになるとチームはハミルトンに伝えていました。このような状況においては、追いかけられる側より追いかける側の方が、はるかに精神的にきついのは明白ですよね。現にハミルトンはスティントの序盤は「この(ピットへの)呼び出しは間違ってたよジェームズ」「19秒も前の相手なんかキャッチアップできないよ!」などと疑問を呈する無線を語りかけていましたが、最後にはきっちりやり遂げてしまいました。このあたりはさすが5度のワールドチャンピオンと言ったところでしょうか。レース終了後の無線でジェームズに戦略を疑ったことを謝罪していたのも、さわやかでよかったですね。フェルスタッペンも素直に負けを認めていたので、こういうところまで含めてなんの後味の悪さもない、素晴らしいレースとなりました。

いかがだったでしょうか。このレースは、レッドブル・ホンダのポールポジション獲得を引き金として、メルセデスからありとあらゆる戦略の引き出しを開けさせた、至高のガチンコバトルであることが分かったと思います。ポールポジションを取られたらスタートで、それもだめならアンダーカット、それでもだめならオーバーカット、それでもだめならコース上で追い抜きを、それでもまだだめなら2ストップ、というように、メルセデスからどんどん新しい戦略を引き出させて、追い詰めていっていますよね。特に最後の切り札となった2ストップ戦略は、チームですら成功するかどうかは分からなかったわけですから、この日のレッドブル・ホンダがいかにメルセデスの脅威となったかという点でも、ポールポジション獲得同様非常に有意義な1日となりました。

そしてこれは補足なのですが、最初から2ストップ戦略にしておけばよかったのではないか、フェラーリが遅すぎたことがメルセデスに有利に働いたのではないか、という意見がちらほら見られますが、これは後付けの理屈に過ぎないと思います。ハンガロリンクでピットストップを増やすことは、コース上での順位を失うことに直結します。今回レッドブル・ホンダの持ち込んだマシンはとにかく前で抑え込むようにセットアップしてありましたし、2ストップを採用したメルセデスですらレース前の会議ではその可能性を除外していました。先頭からスタートして、1ストップ戦略で逃げ切るという作戦は、ハンガロリンクでは非常に合理的かつ競争力のある戦略であり、その戦略を成功させる重要な1ステップであるポールポジションを獲得しているのですから、この日のレッドブル・ホンダは、やるべきことをきちんとやりきっていたと思います。レッドブル側に戦略上の落ち度があったのではなくて、メルセデスが1枚上手だったと称えるべきだと思います。次にフェラーリの話ですが、これも結果論的だと思います。確かに、フェラーリが遅すぎたことは、2ストップ目がフリーストップだったことはメルセデスにとって有利、つまりレッドブルにとって不利に働きましたが、1ストップ目はどうだったでしょうか。フェラーリが邪魔をして、メルセデスはアンダーカットを狙いに行けませんでした。これはレッドブルに有利に、つまりメルセデスに不利に働いたことを意味しており、2ストップ目と逆の事が起きています。同じ「フェラーリが遅い」という事実が、ある瞬間と別の瞬間では全く別の結果を与える。こういうところもレースの面白いところなのだと思います。

レッドブル・ホンダが勝てなかったことは確かに残念ですが、出来ることは全てやりきった上でそれでも負けたので、メルセデスの方が速いだけでなく、1枚上手だったということなのです。